ジョジョの奇妙な冒険を、本気で読むと人生が劇的に変わる。

このタイトルでこのブログに来られた方は、いわゆる「釣り」かもと思って来られた方もいらっしゃるかもしれません。

いいえ、これは、事実です。

ただし、条件があります。

「ジョジョの奇妙な冒険の教訓から人生を学ぶ」ということを本気に考えて実践することを前提にです。

僕の人生なんて、どうでもいいやと思って人生を歩んできました。

でも、このまま、死ぬのは嫌。だったら、全世界で他の人がやっていないことをやってみたいと思ったのが、はじめです。

そう、このブログを通して、ジョジョの奇妙な冒険から学べる教訓を本気で人生に活かして全世界の人に公開することでした。

このブログを一番最初から、読んでもらうと本当にわかるのですが、僕はなーんにも持たない一般ピープルです。

いやむしろ、他の人が持っているものをほとんど持っていないでしょう。

一般ピープルすぎて、辛いときなんて、悩みの日記みたいになっている時期もあります。

それも、これも、僕がいずれ、皆さんに、いろいろな教訓を公開するにあたって、辛いときもうれしいときもすべて公開したうえで、どんな過程を経て、強くなっていったかを記したかったからです。

皆さんは、ジョジョから何を学んでいますか?

ジョジョを通してアーティストを学ぶのは初歩ですよ。

上級者はジョジョを通して、お金の通り道さえ変えます。

ようは、億万長者になる道です。

いまは、まだ億万長者じゃじゃないですが、いずれなります。

そうなると、決意したんです。ジョジョが決意させてくれたんです。

ジョルノが、決意させてくれたんです。アバッキオの魂が決意させてくれたんです。

運命の奴隷に縛られる人生から、運命の奴隷の解放運動を行う人生への転換をしているのです。

そして、いま、コロナウィルスによって、食べるものがないひとや、住む場所がない人がいると聞きます。

そんな人たちの力になりたいです。

僕が、生きてきた意味はそういうところにあります。

だから、みなさん、諦めないで頑張ってください。

いや、頑張らなくても大丈夫ですから、生きてください。

生きてさえいれば、必ず、報われる日が来ます。

生きることより、素晴らしいことは、この世の中にはありません。

この世より、あの世がいいなんて誰もわからないんですよ。

あの世に行ったら、この世より苦しいことが多いかもしれないんですよ。

でも、この世だったら、苦しみはある程度予想できます。

だから、生きてください。僕が応援します。

生き延びてください、自分の命を絶対にたたないでください。

あなたが、生まれたときにどれだけ、祝福されてお生まれになったかを感じてください。

ぶっ殺すと心で思ったなら

ジョジョ第5部は、敵がチームを組んで現れることが多い。

その中で特に人気が高いのが、このプロシュートと、ペッシの、兄貴分、弟分のコンビだろう。

その中でも特に人気の高いセリフが、上のセリフ。

プロシュートは、言うだけでは、だめで、思ったことは必ず実行しなければならないと説く。

で、このセリフのすごいところは、しなければならないと説くのではなくて、行動まで終わらせているところ。

そりや、日常生活であいつ鬱陶しいから殺してやりたいと思ったときに相手がすでに倒れてたら、大問題になるけどね。

でも、夢や願望を持って「ああなったらいいなあとか、あれがこうだったらいいのにな。」と、思うだけで実行しない人はこの世の中にたーーーくさん、いると思います。

金持ちになりたいと思ったときには、すでに現金何億円にも、囲まれていなければならないんだ!

みなさんも是非、僕と一緒に実行しましょう!

僕の周りには、すでにお金がたまり始めています!

そのためたお金でただ生活の足しにするだけではなく、コロナで苦しんでいる人の助けになれる人に本気で本気でなる!

また、今回の大雨の被害の助けになれる人になりたい!

そうなると思ったときには実際にそうしているんだぜ!

ジョジョリオン見ろよー!名言あるぞー!覚悟、あるぞー!

あくまで個人的な意見だけど8部は、ジョジョリオンは、覚悟が少ない!と感じるのは、僕だけかな?

もちろん、ジョジョであるから、覚悟はあるんだけど、それを感じさせる描写が少ない気がします。

そこへ来てこいつの覚悟は随一!

周りから見て正しくないように見てても、クレイジーと思われても自分の進むべき道を進めばいい。

ジョジョ 全てを差し出したものがすべてを得る

人生は、せんたくの毎日だ。

汚れた服を洗い、汚れた体を洗い、洗濯の毎日だ。

え?違う?漢字が違う。

そう選択の毎日。

100択の人生と2択の人生はどちらが難しいだろうな?

今まで皆さんは何かを犠牲にして、何かを得ようとしたことはありますか?

僕は、今、今までの遊びに使っていた時間を犠牲にしています。

その時間をこれでもかというくらい、勉強に当てています。

今の、僕の勉強は、それくらいの価値がある!

本来の勉強ってそれくらいの強い気持ちがないと自分のものになっていかないんでしょうね。

株式投資、ジョジョブログ、ダイエット、その全てで運用がうまくいった時、僕は、悩んでいる人たちに、こんなぼんくらの僕でもできるんだと励ましてあげたい!

だから、こんなに努力したい!

皆さんは、すべてを差し出す勇気や覚悟や決意はありますか?

コロナで大変な思いをしている人にたった一つでいいから、光の種を分けてあげたい!

そんな思いで、このブログを必死で更新しています!

この思い、みんなに届け!!

ジョジョにスタンドというビジョンは必要なのか?

ジョジョにおける最大の発明と言われているスタンド(幽波紋)。

第3部の説明から「そばに立つ」という意味で名付けられた。

今日は、一つ、疑問を呈したい。

それは、「スタンドという名前のエネルギービジョンは必要なのか?」ということ。

少し、説明が難しいね。

そもそも、近年のジョジョでは、スタンドというエネルギービジョンが超能力を用いて敵と戦ったり、問題を解決したりする。

たとえば、ディオのザ・ワールドという時を止める超能力はディオが直に発動するのではなく、ザ・ワールドというエネルギービジョン体が発動させている。でも、その発動タイミングを決めているのはディオ本体である。

一部のスタンド、例えば、フーゴのパープルヘイズなど、本体の意志と反する行動をすることはあるが、基本的には、本体の意志で発動したり、発動をやめたりする。

また、例外としてエネルギービジョンが生き物のかたちをしていない(人間体や動物体ではない)スタンドも存在する。ジョセフのハーミットパープルなどがそうである。

そもそも、本体が超能力を使うようにすれば、何の問題もないんじゃない?っていう疑問だ。

スタンドが能力を発現させる、意味があるの?ディオ本体が時を止めるそういう能力があるのじゃダメだったの?

これは、さかのぼっていくと3部になるね。

3部のスタンドは最近のスタンドと違って肉弾戦で戦うことが多かった。自分の体で戦う代わりにスタンドが肉弾戦を行い、そのスタンドの能力として時を止めたり、炎を出したりできるというものだ。

ちなみに、スタンド同士の戦いは一般人には見えない。

それは、第三部のはじめの戦い、承太郎とアブドゥルの戦いですでに描写されている。

さて、現代のスタンドに戻すと、肉弾戦が少ない!

最新作の8部ジョジョリオンでは、ほぼない。

闘うと言っても、ほぼ能力同士の戦い。

これは、例えば、本体から能力そのものを出して戦っていても別に不思議ではないレベルである。

それでも、スタンドというエネルギービジョンがいないと拍子抜けする。

そうそうジャイロってスタンドというエネルギービジョンはあったんだっけ?鉄球だけがスタンド?そもそも鉄球ってスタンドだっけか?

ジョニィはなんかぷにぷにしたスタンドがいたよな?でも、爪がスタンド??

結論!

読者は超能力の戦いは、読みがいがあり楽しく思っているが、スタンドというエネルギービジョンにとても惹かれ、その造形にも惚れている。

なので、これからもスタンドというエネルギービジョンはなくならない。

なので、スタンドというエネルギービジョンも、それをつかさどるオブジェクトもない、ただの超能力者が出たら、それはそれで新しいけどね。

コロナウィルス感染者がまた増えている。僕はブロガーとして、ここを見てくれている人たちに勇気を与える使命がある。

もちろん、ジョジョに絡めることが圧倒的に多い。

今は、苦しいだろうが、いずれ、状況は良くなる。

死ななければ、生きていさえすれば、必ず、状況は変わる。

なので、生きてほしい。死なないでほしい。

これは、僕と荒木飛呂彦先生のおつくりになったジョジョからのお願いです。

ジョジョで一番好きなページ ジョジョで一番好きなコマ

いつか、いつか、生きているうちに荒木飛呂彦先生に会って、感謝の気持ちを伝えたいです。

荒木飛呂彦先生とジョジョを知り合わなければ、僕は、こんなに頑張れなかった。

アバッキオを守ったこの警官のこの言葉がどれだけ僕を良い方向に導いてくれたか。

どれだけ、道に迷ったとしても、方向さえあっていれば、どれだけ回り道をしてもよい。

だから、間違った人生を歩んでいると思ったとしても、方向さえあっていれば良い。

ジョジョと考える、生ききる意味。あなたは、この人生、生ききる?それともただ死にいくだけ?とるに足らない人生。

僕の人生はとるに足らない。

生きていてもしょうがない、生きていても意味がない。

僕が生きていても誰も喜ばないし、僕が死んでも誰も悲しまない。

だから、いつ死んでもいいけど、死なないから生きているんだ。

自殺と言うのは、自ら命をたつことだと思うけど、自ら命をたたなければ、人間は生きる。

でも、ある日、生きていることが楽しくなったとき、人生は、一変する。

そんな日々を今過ごしている。

僕もかつてのジヨニイのように自暴自棄になった時期があった。

過去に女性に裏切られ、借金を作り自らの命をたとうとした。

それを辛うじて逃れ、20年間は、脱け殻のように過ごした。

20年たってもなにも変化がなくこのまま死んでいくことを意識したとき、このままでいいのかと本気で自問しだした。

このまま、なにも起きないで死ぬなら、何かをして、死んでも同じじゃないかと。

それからの人生の転換は早かった。

今までの、無意味にゲームをやっていた時間がいとおしくなった。

代わりに、猛勉強を始めた。努力を始めた。

株の勉強を始めた。ブログの勉強を始めた。ダイエットの勉強を始めた。英語の勉強を始めた。

ゲームはストレス解消の手段になった。

僕は感謝したんだ。勉強を始められたことを。

そして、未来での成功を、夢見るようになった。そして、その意識は確信に変わりつつある。

必ず金持ちになる!

誰だって一歩踏み出すのは怖い、失敗したらどうしよう。

僕は、こう思うようにしている。

僕の失敗が地球の未来に作用する?

僕の失敗が、日本の未来をダメにする?

そんなこと、ゼーンゼーンない!

もし失敗してもせいぜい家族が迷惑するだけだ。

しかも、今の僕のやっていることに関していったら、失敗しても、あーあ、残念だったねで終わるレベル。

でも、成功したら、無限大!!!!

なら、頑張らない理由はない!

今コロナで大変な時期。

僕の思いがみんなに伝わるといいな!

毎日、ジョジョのブログ書く。今日が人生の転機。何に命を懸ける?さあな、そこんところだが、おれにもようわからん。

500件近くブログを書いてきて、今のところ、僕がかけるパターンが分かってきました。

ジョジョのいいコマを見つけてそれを人生になぞらえる。

ジョジョは人生の縮図だから、必ず、同じ境遇にある人がいる。

それを自分なりに解釈して、解説しようと思います。

さあな、そこんところだが、おれにもようわからん

このセリフは、とても意味が深いと思います。考えれば考えるほど、このセリフはジョジョに持ってこいのセリフですね。

飛呂彦先生がセリフに込めた意味の可能性 その1

 承太郎の性格上、素直にお前を助けたいからだと言えないからごまかした。

飛呂彦先生がセリフに込めた意味の可能性 その2

 これは、ジョースター家に伝わる、自分の損得を考えず、体が動いてしまった結果だから、本当に何故かわかっていない

で、その次のセリフが、ママはちゃーんと見抜いているんだかね。

これは、突っ張っているけれど、承太郎の優しさをママは知っているという意味になるので、可能性1に当たりそうだけど、可能性2の方が、ファンとしては納得するんじゃないかと思います。

みなさんは、どう思いますか?

このブログでは、まだ一度たりともコメントをもらったことがないので、ぜひコメントをお願いします。

僕が、日本で一番馬鹿だから、少し意識を高めよう ジョジョのように。

何度もこのブログで書いているけれど、このブログは主にジョジョの奇妙な冒険のエピソードと、僕の人生を掛け合わせて、今日から使える、自己を高める方法を伝えている。

そもそも、自己啓発的な内容の本だったり記事は、もともと頭がいい人やもっと高みを目指したい人が読むんだと思うけどこのブログはそうじゃない。

人生の落伍者の僕が、一般ピープルが思う幸せの、片鱗でも味わえるようになればよいと思い書いているもの。

ジョジョ第7部で言う「遺体」は、僕で言うところの「株式投資」「ジョジョブログ」「ダイエット」。

結婚もしていない僕が、正社員じゃない僕が、他の人にも言える、羨ましがられるものが欲しかった。

でも、初めてみて分かった。3つともそんな簡単なものじゃなかった。

何度もやめようと思った。

やめても、やっばりできるわけないよと、思われることが一つ増えるだけだと。

だから、最初からやらないほうが良かったと。

なぜなら、お金と健康のリスクがあるから。

でも、僕は、そんなだから、このまま死んでも誰も文句言われないよねと言う気持ちと、どうせ死ぬなら、死ぬギリギリまで頑張れるんじゃないかという気持ちが渦巻き、後者が、勝った。

ここをみているひとにそれを伝えたい!

今死ぬなら、死ぬ気でやって、ほんとに死んだほうがかっこいいって思った。

それも運命と思った。運命の奴隷と思った。

コロナで食べるものもままならない人がいる。

僕はそういう人に生きる勇気を伝えたい。

荒木飛呂彦先生に代わって、僕が伝えていきたい。